満を持して、クソ企業

就活失敗したぼっちが電子書籍を出します。

*お読みください 当ブログ について

こんにちは、きゃたぬきです。

 

当ブログ【満を持して、クソ企業】は

 

狙いに狙って業界トップシェアの上場企業に入社したぼっちが、

その内情に嫌気がさし、

来年にでも転職をしようと図るブログです。

 

他にも日常的な記事を投稿することがあるかもしれませんが、

基本はTwitterで更新しています。

きゃたぬき (@CATANUKI) | Twitter

 

 

なお、

名前かリンクを出してくれれば転載OKです。

画像やイラストも、商用でなければご自由にお使い下さい。

 

 

代表的な記事のリンク集はこちら!

catanuki.hatenablog.com

 

catanuki.hatenablog.com

 

 

 

創作活動にやる気が出ない、何故か?

こんにちは

きゃたぬき です。

 

現在の創作活動に瞑想して迷走しておりますが、

皆さんは如何お過ごしでしょうか。

 

以前の私であれば

アルマジロ四コマ漫画を出版している事でしょう。

今の私は未来不明瞭の夢中にあります。

「創作活動が軌道に乗って、楽に生活したいなぁ」

などと思いつつ創作は全く行っていない。

モーツァルトならフォロワー数2万は増やすだろう時間を、

創作ゼロで過ごした現実が肩を叩く。

 

雇われの社会人という立場に嫌気をさすが、

抜け出す為の活動を疎かにし、

同族へ戯言を並べるなら神保町でやるべきなのです。

ここは蒲田。

自分のことを棚にあげるよりも、

大陸出身の懐深きチャイニーズへ相談するがよろしい。

そんなわけで、現在の自分がなぜ、

創作活動が出来ていないのだろうかを推測してみます。

 

 

何故、創作にやる気がない?

これは単純、フィードバックがない為だ。

壁に演説して喜ぶのはスコール・らいおんハートしかいない。

内なる想いを宿して作品に昇華する活動、

受け手がいなければ退屈に終わる。

それでは、フィードバックを受けるには何が必要か。

これも単純、観客である。

 

観客を得るには?

これも簡単、舞台に上がることだ。

例を挙げるとすれば、

Twitterの〇〇という作品、

その二次創作イベントへ自身も参加すること、である。

しかし単純に舞台へ上がっても、自分を見る観客はまだいない。

学校で習ったLookとSeeの違いを思い出すといい。

「視界に入る」ではなく、「みてもらう」必要がある。

では、観客からみてもらうには何が必要か。

ここが複雑である。

実力のある者と、未だ無い者と、

進む道が異なるからだ。

実力のある者については触れないでおこう。

私には実力が、未だ無い為である。

 

無名な人が観客を得るには?

初めは、先人との繋がりを結ぶことである。

彼らの創作活動へフィードバックを送るのだ。

いいね!に加えて、メッセージで感想を送ると良い。

正直に褒められる所のみを綴ることだ。嘘は容易く露呈する。

この時、人気のある相手よりも、

中途半端かそれ以下の相手にリアクションを行おう。

人気者は受ける感想も多く、自分を認識してもらいにくい。

中級以下の場合、自分の作品にも反応を返してくれる。

一回の往復が出来れば、その間柄は長く続く。

これを複数人と行えば、自然と部外者からの反応も増えてくる。

3人の常連がRTしてくれてもだめだが、

300人の常連がRTすれば勝手に部外者もRTしてくれる。 

 

私の実践してわかった範囲はここまでである。

現に自分には少なからず、

上記の「観客」と呼べる相手がいる。 

私の作品に金を払ってくれた人もいる。

 

私は何故、やる気がおきないのか。

一つの仮説であり真実だが、

私の創作活動には、

いかにして観客から金を毟り取るか?

その気配がプンプンするのである。

そんな動機で上手く事が運ぶわけもなく、

私は活動と停止を繰り返している。

 

私は何をしたかったのだろうか。

上場企業に新卒で入ったが思う様に行かず、

その腹いせに別の手段で金を稼ごうとする。

それが私の本当にしたかった事だろうか。

野球選手は金が欲しくて野球選手になったのだろうか。

彼らは少年時代の草野球に得た感動を胸にひた走っていたのではないか。

私は創作活動を通じて何がしたいのか。

昔の情熱はどこに行ってしまったのか。

 

今週この問いを起草した。その事実だけでも良しとしたい。

 

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社会人6ヶ月目の雑記

社会人として半年が過ぎようとしております。

同期の皆様は如何お過ごしでしょうか。

尻爆弾と揶揄される私は早々と仕事に飽きて参りました。

「半年も仕事してないのに甘えんな」

という叱咤激励をハゲ散らした中年経由で数多感じておりますが、

楽しくない事を続ける意義はあるのでしょうか。

 

「小学生の将来の夢、YouTuberが人気!」

と聞いて激昂するオジサンも考えてみてください。

楽しい事、好きな事をしてお金がついてくる・・・

なんて理想的じゃありませんか。

仮に小学生が野球選手になりたいといって、

それを肯定するYouTuber否定派はハズキルーペを買いましょう。

野球であれ、屋台の不正をYouTubeに晒す事であれ、

好きな事で儲ける、楽しいことで儲けるのに変わりないでしょう。

YouTuberになりたい小学生を怒鳴る前に、

個人情報を公開するリスク、

他者を楽しませるコンテンツ作りを共に考えてあげましょう。

 

断りますが、私はYouTuberになりたくはない。

ただ単に40代周辺のオヤジどもの自己犠牲に呆れているのです。

「金を稼ぐのは大変なことなのだ。汗かいて外回りをしなければならない」

「月のノルマを達成すれば給料が5万円高くなる」

というおっさんに広告収入が月12万入ってる、とは言えない。

なぜ金に固執するクセして、

雇用されている会社経由の儲け方に固執しているのか。

そしてなぜ奴らは、

新人達を自分たちの世界に引き込むのだろうか。

 

今の業務が楽しければ、

前述の500文字は泡沫に失せるだろう。

私は同級生の若林(仮名)のような情熱を持って就社しなかった。

目論見が外れている。

非常に退屈な毎日を過ごしている。

帰ってきてからの勉強時間は有意義そのものだ。

だが実家から離れたかった。

親族を思う気持ちが薄ければよかった。私は優しすぎる。

手慰みの途中に部屋へ侵入する配慮無き母を皆は持つのだろうか。

実家から離れていた4ヶ月は夢のような時間であった。

爪垢の臭いほども興味がない業界であっても、

同期の群を抜く圧倒的記憶、集中、熱意を見せつけた。

その期待を背負って社内一多忙な部署へ飛ばされてしまった。

そこが実家の近くでなければと何度恨んだ事だろう。

今思えば嫁と愛し合うべく、部署の飲み会を

「誕生日の祖父を案内したい。」

などと全米なら泣く理由で断った。過去の自分をマカーコで蹴り上げたい。

若林(仮)ならなんと立ち回るのだろうか。

私は現状をどう切り開きたいのだろうか。